僕が気功に掴まった決定的な出来事

それは平成17年(2005年) 8月に起きました
   47才 男性

8.9(火) 
朝のクリニックに奥さんが来て ”先生、主人を助けて 病院の先生は治らないといっている 一生寝たきりだって”と泣きながら話した

昨朝8月8日(月) 朝 突然下半身マヒが発症 急速に増悪
    救急車で都内の大学付属病院神経内科入院
    種々の検査 診察の結果, 脊髄梗塞と診断された

下半身麻痺(脊髄マヒ)でICUで安静臥床

   
大学の神経内科が診断したのだ 99%間違いないだろう
   

   しかし奥さんは大学病院に往診して治してという 無茶苦茶だ

   奥さんは泣きながらお願いします お願いしますを繰り返している

脊髄マヒは絶対に治らない、勿論 治せない

   僕はハッキリとお断りした  無理です  無理です

   数時間後に奥さんが来て再び同じやりとりを繰り返した
   その後 2~3回電話でも同じ繰り返しをした

   しかし 夕方 僕は考えた 可能性ゼロを確認せずには済ませられない  

   クリニックを早く抜け出て大学の付属病院へ行って
受付で朱さんの部屋を教えてもらいB棟の6階を探した

  
朱さんはICUの広いワンフロアの中でベットに仰臥で寝ていた

話しかけるとああという感じはあったが殆ど反応しない、 余りのショックで頭の中は真っ白で何も考えられなかったという
枕元を見るとA4の白紙に人体図が描いてあって中央付近で横線で区切って 下半身が斜線で塗りつぶされて

  •  脊髄梗塞
  •  下半身マヒ
  •  治療法なし

と書いてあった
これは決定的な告知状です 確実な告知です

僕も診断に納得した、装具をつけて訓練しても結局は、良くても車椅子と思う

面会終了まで ベットの横に立って気功をした

八時になったので、朱さんに指を動かしてというと足指がかすかに動いた

此処では落ち着いて診察は出来ないから 外出してクリニックに来たら、 なんとかなるか判ると思うと言って帰った

8.10(水) 
その翌日 昼前に朱さんが来たので外へ出ると衝撃の光景でした
ワンボックスカーから車椅子に乗せると
腰から下がマヒしているのでズルズルとずり落ちてしまっている
その姿を見たら真っ暗になった
昨夜はベットに寝たきりだったので感じなかったが 下半身マヒでずり落ちているのを見ると このまま帰って欲しいと思った
コンニャクかトコロテンのようだった

気を取り直してベットへ運んで30分程 気功をした

奥さんが 外出時間を過ぎている 急いで帰らないと  と言い出したので
朱さんに起きようといったら 起き上がってベット横へ両足を下げて座った
 トコロテンだった人が起き上がって座っている

朱さんが片手で衝立の棒を掴みながら自力でスッと立った

これには参った 
感動も無かった、現実感がなかった

立っている朱さんを見て奥さんがギャっっと叫んだ
両眼から涙がワワッワと溢れ出た
凄い衝撃だったことが判る 

彼を運んで来た友人が眼を真ん丸にして驚いた 死人が生き返ったのと同じ驚きだったと思う
ICUから車まで運ぶので大変な思いをしたと言う、グニャグニャズリ落ちて

それが一人で立っているんだから驚くなんてものではないだろう
本当に嬉しかったと思う

僕は三人に、大学に入院していては治療は出来ない
退院して来るなら出来るから考えて と言って帰した

ただ呆然としていただけで全然受け止めれなかった
自分の力と関係ないところで起きたことなので全然受け止められなかった

もし退院してきたら治療をしようと心に決めた
何故こんなことが起きたのかはわからないが ここで逃げ出せない
退院してきて欲しい
入院を続けるならやはり結局はゼロ、一生寝たきりだろうから

8.11(木)
夕方 大学の主治医から電話が来た
患者が退院すると言ってますが入院は出来ますか
いえ ビル診なので出来ません
先生はどのような治療をなさるおつもりでしょうか?と聞く
気功ですは言えなくて鍼とかですと答えた

鍼灸はあんま マッサージと共に国家資格とされているので言いやすかった
医者であることを確認したので電話は切れた

夜 19:15になってやっと昨日の三人が来た
   今日はもう来ないかと思っていた

朝から 退院する、いや絶対にさせない こんな体で退院してどうするつもりだ
何を考えているんだ、 いったい何処へ行くんだ、 そこは本当に医者か
電話して確認するぞ いいのか   と紛糾していたという

入院も無いビル診の町医者に通って治療するなんて言い出すとは 気が狂ったのか インチキにだまされたのか
そんなことは医者の良心にかけて絶対に許さないと怒った、 それは判る、脊髄麻痺の患者の看護は人手の十分な大病院でなければ難しい、大学病院は国内最高の医療機関である

昨日は朝から外出許可が欲しいと見え見えの嘘をついて行く行かせないと大騒ぎをして、許可を出したら遅刻して帰院した
この深刻な事態に(脊髄マヒ=脊損)何を考えているのか 全く理解不能な夫婦だ
揉めていたらもう夜になっていたという

夫婦は昨日は池袋で自力で立てたとは一言も報告していないという
言ってはマズイと感じていたらしい

明日から頑張ろう、昼休みにしっかりと治療するからといって別れた

二人が昨日 即 凄い決断をした
 大学病院をオン出てうちへ来た

いまでも脊髄マヒが治ったことよりも大学病院を蹴ってうちへ来たことが奇跡と思う

一生寝たきりといわれていたのが自力で立てたのが決定的だったと思う

8.13~8.16のお盆休みがあったので本格的に治療(気功)始まったのは8.17からだった

通院が始まりました
治療方法については夫婦は一言も聞かないし 僕も全然説明しなかった

気功といったのでは周囲から雑音がはいって治療が出来ないの思ったからです
夫婦の気持ちに邪魔は入って欲しくはなかった、そんなことで条件を少しでも悪くはしたくなかった

気功を習い始めて半年ちょっとです、 気功ですと公言するような自信も無い
ただ思いもよらない結果がでたから始まっただけです
まともな正統の治療を受ける機会を奪ったと訴えられたら裁判で負けると思う

奥さんはとんでもない馬鹿な嫁だ と友人知人親族から集中攻撃されていたという,  歩けるようななるまでは

歩けるようになったら今度は 実は診断が間違っていたんじゃないか、  ただのギックリ腰だったんだろうとかの話で
結局 脊髄麻痺していたと信じたのは 本人夫婦と二人の子供と 車で運んで来て衝撃の場面に立ち会ったの五人だけだった
あとは大学病院の医師達です
七年たった今でもそうです

排尿機能もマヒしているのでバルーンカテーテルと蓄尿バッグを装着した朱さんが車椅子に乗って 奥さんが押して毎朝通院した (8月26日迄 27日以降は歩いて通院した)
昼休み時間にしっかりと時間をかけて気功をした
自分でも分からないことをしているので時間を多くかけるしかなかったからです

当時はよくわからないままに佐藤先生に教えられたとおりにやっていました

8月13日~16日 お盆休みとして休診

8.17
通院治療開始

8.18
両松葉杖歩行開始(下肢装具無し)
杖にすがって立たせても足底が床に着かずに幽霊の足のように足の甲がつくので僕が足元にしゃがみこんで手で足底が床につくように押さえてもっている有様だった
朱さんは全体重を杖に預けてあがいていた
8.18
両松葉杖で一人で1~2~3歩 歩いた

8.19
かなり進歩してきた

8.20
家でも練習するようにと2本の杖を貸した

8.22
壁をつたって少し歩いた

8.23
朝一番に朱さんが 返すといって2本の杖を差し出した
これには僕もムッときてダメじゃないか 練習を嫌がっちゃと叱った

すると朱さんは一言 ”無くて歩ける” と言った、 つかまらずに5~10秒は立てると言う

気功のあとに立たせてみて計ると 一人で2分間立って見せた
これには本当に驚いた
始めてからまだ5日しか経っていないじゃないか、 凄すぎる

8.26
きのう家の階段で昇り降りの練習をしたという
僕の前でつかまらずに一人で歩いた

8.27
きのうは車椅子に座らずに押し手を掴んで押して歩いた
家で階段を5往復したという

8.30
きのう自転車漕ぎをを40分した
8.31
留置カテーテルを抜去した
その後今日まで自力排尿継続!!

永遠に導尿から解放された日です、 本当に嬉しいと思う

9.2
朝夕30分ずつ計1時間自転車を漕いでいると言う
スクワットができる

9.3
シャワーだけだったのが昨日はじめて風呂にはいったという
喜んでいる

9.4
きのう少しだが家の近所を自転車で走ったと言う

9.8
ロフトランドクラッチ(杖)一本で家へ帰らせた
ジャスト一ヶ月でここまで来た
凄すぎる

9.10
杖一本だけで歩いて来院

9.17
きのう杖を持たずに片手を妻の肩に置いただけで散歩したという

9.18
今朝 自転車で少し走ったという

9.20
一人で来た 奥さんの付き添い無しで!!!

9.26
ロフトランドクラッチを卒業して一本のステッキにした

昨日自転車で滝野川の友人の家へ遊びに言って来たと言う
池袋~滝野川は決して近距離ではない 

今日は自転車で来院
車を運転して人形町の自分の店へ行ってきた(倒れてからは閉めている)と言う

9.29
きのう地下鉄を乗り継いで人形町の店へ行ってきたという
乗り換えが多くて長く歩くので歩数は相当なものになっただろう

10.2
一昨日 8:00~26:00 店の片づけをした
昨日も8:00から行っていた

今日は車で行く 人形町の店を正式に閉めることに決めたという

10.8
雨の中 片手にステッキ 片手で傘差して来院
特に大変ではなかったという
10.14
きのう バイクで滝野川へ行って来た
今日も行ってくるという

10.22
昨日はは自転車で大山へ行ってきた

10.31
池袋で新規開店
中華のオーナーシェフである

結局 倒れてから三ヵ月弱で

  •  杖なしで歩く
  •  自転車に乗れる
  •  バイクに乗れる
  •  車の運転もする
  •  排尿も普通に出来る
  •  便秘気味だが何日かに一度は出る



傍目には普通に健常者にみえる
本人としては快適でないことは色々とあるというが特別不自由という状態ではない

診断が間違っていたんじゃないかとか異論を持たれる方もいらっしゃるとは思いますが次の二点は決定的な事実です

***グニャグニャでずり落ちていた彼が短時間(40分?)ののちに自分一人で立てた

***辛うじて座れるだけだったのが二ヵ月半の超々短期間で回復しオーナーシェフとして復帰した  この回復の早さは有り得ない



この二点は通常では絶対に起きない、気功の効果としか考えられないことです

最後に付け加えますと僕は結果がある程度出てから大学病院入院時の担当医に経過と神経内科としての助言の依頼の手紙を送った

その後にも電話をかけて診断の確度と他の治療法について話しあったことも有りますが

診断には今でも変更は無い 自信はある

今後追加すべき治療法はない

このような話しでした、僕も医学的には同感です、判断に誤りはありません

平成18年夏にある出版社のインタビュアーの方が朱さんご夫妻の取材に来てくれた時の会談録があります

聞きながら読んでくださると3Dのように臨場感があって理解が深まるとおもいます
時々佐藤先生の名前がでてきますがそれは佐藤気功の佐藤先生です

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    インタビュー録音上下2枚
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朱さんは今でも殆ど毎日通院して来る、来ると調子が良いという
僕はマヒしていた彼を見て 目の前で立った彼を見て その後の七年間普通に歩いている彼を殆ど毎日見ていています   毎日 歩く奇跡を見ています

これ程ではありませんが医学的には有り得ないことを診療上時々経験しています

やはり可能性は大きいのです